忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

さくらさく

折り込みに小話。
===============

タンッと軽い音が静かな室内に響く。
勉強机というには最低限の装備しか整えていない机に、白いノートパソコン。それを操作し終え、七は背凭れに体を預けた。
画面には幾つもの写真が映し出されている。スマートフォンで撮影したものを保存しているのだ。
この行為は数日置きに繰り返される。一旦パソコンに保存した後、別のハードにもう一度保存する。これも同じく繰り返されるのだ。
七はただそれを見詰めていた。

保存には然程時間もかからず、慣れた動作を全て終える。七は少し冷めたホットミルクを片手に、スマホをパソコンから外して改めて写真フォルダを眺めた。今回増えたのは主に桜の写真だった。
クラブの仲間と行った時の物がほとんどで、桜と共に写る幾つもの笑顔が微笑ましい。食べる笑顔、騒ぐ笑顔、楽しそうな笑顔。一枚一枚捲っては頬を緩める。
「皆で行けて良かった。」
小さく呟き、電源を落とした。



少しの後、静かな室内にはシャワーの音だけが響いていた。
飲み切られなかったミルクはとうに冷め、パソコンの横で静寂を保つ。
物の少ない机の端に、もう使われていない携帯電話が置かれている。一年前にその使命を終えたものだ。携帯に貼られている友達らしき人物と写っているプリクラは、濡れたようで端が捲れ上がり幾らか波打っている。

もうひとつ、机に置かれている写真立て。そこには太く立派な桜を背に、少女と少年が写っていた。肩程度で切り揃えた黒い髪、年の頃は10と少し程度の少女と、整えられた黒い短髪にほっそりしつつも凛々しい佇まいの、十代も半ばであろう少年だ。
少女は細い狐目をさも幸せそうに細めて笑み、少年も穏やかに笑みを向けている。
幸せそうなふたり。




―――桜のある家だった。

大きな家の庭に堂々とした風貌の立派な桜が植わっていた。
「――さん、漸く桜が咲いたわ。」
少女は無邪気に笑い、桜の木に駆け寄る。
「そうだね。」
少年がそれに応えて柔らかい声音で返す。
北国の桜はとんと寝坊がちだ。5月に入り、とろりとろりと起き出した。それでも、五分咲きの桜は少女の幸福感を呼び起こすには十分なもので、普段より一層嬉しげな声を上げる少女に、少年は自然と目を細めていた。
「あと何日で満開になるかしら?」
「どうだろう。」
「あら、――さんも分からないの?」
「…うん、ごめんね。」
少女の不思議そうな顔に、少年は眦を下げて困ったように応える。それを見て少女ははっとした顔で少年に近付いた。
「やだ、そんなつもりで言ったんじゃないのよ。だって――さん本が好きだから……ううん、あたしが悪いわね。…ごめんなさい。どうぞ許して?」
さも申し訳なさそうに少女は言った。同時に少女の手がほんの少しだけ揺れ、躊躇いがちに彼の腕へと向かう。だが次の瞬間、するりと己の胸に落ちた。少女は少年に触れるのをいつも躊躇うのだ。
少年はそれを見て小さく笑った。少女に比べると大きな手で、柔らかい黒髪を撫でる。
「気にしなくていい。あとで調べておこうか。」
少年の常に湛えられる穏やかさに、手の温もりに、少女は安心したように笑んだ。
「はい。……あ、待って。」
不意に口を噤んだ少女に、少年は黙って次の言葉を待つ。ふたりを包む遅い春の空気はほのかに暖かく、桜の匂いは優しかった。
たっぷり考えた後、少女は口を開く。
「ねえ、ねえ、毎日あたしと一緒に見てくれない?満開になるその日まで。その方が素敵だわ。」
さも名案だと言いたそうに少女は瞳を輝かせて言う。少年はそれがなんだか可笑しくて笑ってしまった。
「いいよ、そうしようか。」
少年のその一言を聞き、少女はふるりと身を震わせた。細い双眸を一層細め、ほんのりと頬を赤く染めて。声に滲むは幸せの色。
「本当!?本当ね?約束よ、」


―――衣幡七 十二歳。


「ねえ、にいさん!」



―――恋をしていた。



PR

カレンダー

10 2024/11 12
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

フリーエリア

最新CM

[01/08 雨宮]
[01/08 志塚]
[01/07 衣幡]
[01/07 志塚]
[01/07 衣幡]

プロフィール

HN:
Nanatsu Ibata
性別:
非公開

バーコード

ブログ内検索

最古記事

P R